元気なインターン
代理人から社員本人に賃金が渡された場合には,労働基準法24条1項の直接払違反として120条により30万円以下の罰金に処せられることになりますが,結果として社員本人は賃金を受け取ったのですから,民法479条の「受領の権限を有しない者への弁済」規定により,その支払は有効となり,企業は再度賃金を支払うことは必要なくなります。
ところで,賃金が社員により他人に譲渡された場合には,どう考えたらよいのでしょうか。
最高裁判例は,醜町中の暴行の弁償金として相手方に退職金の一部を譲渡した事案について,「退職手当の給付を受ける権利については,その譲渡を禁止する規定がないから,退職者またはその予定者が右退職手当の給付を受ける権利を他に譲渡した場合に譲渡自体を無効と解すべき根拠がないけれども,労働基準法24条1項が『賃金は直接労働者に支払わなければならない。』旨定めて,使用者たる賃金支払義務者に対し罰則をもってその履行を強制している趣旨に徴すれば,労働者が賃金の支払を受ける前に賃金債権を他に譲渡した場合においても,その支払についてはなお同条が適用され,使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず,したがって,右賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないものと解するのが相当である。」(D公社小倉電話局事件・最高3小判昭43.3.12民集22巻3号562頁)と判示しています。
要するに,企業としては「代理人」または「賃金債権の譲渡のある場合」への支払は直接払の原則に違反するものであって,必ず社員本人に賃金は支払わなければならないということになり,その後の賃金の取扱いは,当事者間で解決されるべき問題であるということです。
では,賃金が国税徴収法や民事執行法にもとづいて差し押さえられた場合にはどうなるかですが,労働基準法といえども現在の法体系の下では,これに優先するものとは考えられませんので,差し押さえられた賃金につき社員に直接支払わなくても労働基準法24条1項の直接払の原則に違反するとはいえません。
しかし,行政解釈は,いわば社員本人の手足と同様,本人の意思を伝えるにとどまる「使者」(たとえば,社員本人が病気のときに,その妻が賃金を受け取りに来た場合への支払)に対する賃金の支払については差し支えないとしています。
すなわち,「法第24条第1項は労働者本人以外の者に賃金を支払うことを禁止するものであるから,労働者の親権者その他の法定代理人に支払うこと,労働者の委任を受けた任意代理人に支払うことは,いずれも本条違反となり,労働者が第三者に賃金受領権限を与えようとする委任,代理等の法律行為は無効である。
ただし,使者に対して賃金を支払うことは差し支えない」(昭63.3.14基発150号)としています。
全額払の原則と例外賃金は,その全額を支払わなければなりません(労基法24条1項)。
この原則は,社員が上司の業務命令に従って働いたことによって請求権の生じた賃金について,企業が積立金や貯蓄金などの名目で控除することを禁じたものです。
したがって,欠勤,遅刻,早退,ストライキなどによる不就労部分の賃金カットまで禁止するものではありませんので,これらノーワーク・ノーペイの原則(不就労部分の賃金についてその請求権は発生しないという原則)による賃金カットは,全額払の原則に違反するということはありません。
労働基準法は,このような全額払の原則について2つの例外を認めています(24条1項ただし書)。
それは,給与所得税の源泉徴収(所得税法183条)や保険料の控除(健康保険法78条,厚生年金保険法84条など)といった法令にもとづく控除の場合と,賃金控除協定にもとづく控除の場合の2つです。
賃金控除協定というのは,企業が事業場の社員の過半数を代表する者との間に結ばれた「賃金の一部を控除する労使協定」のことです(通称24協定)。
この賃金控除協定には,特に様式はなく,労働基準監督署への届出も不要ですが,「少なくとも,控除の対象となる具体的な項目,各項目別に定める控除を行う賃金支払日を記載すること」(昭27.9.20基発675号)とされています。
このように,全額払の原則においては,所得税の源泉徴収などの法令にもとづかない賃金の控除については,賃金控除協定によらない限り行うことは許されないのであって,このことは,労働協約にもとづいて労働組合員の賃金から組合費を控除し,それを一括して組合に引き渡す「チェック・オフ」はもちろん(Z中央病院事件・最高2小判平元.12.11民集43巻12号1786頁),企業が社員の業務僻怠(無断欠勤,出勤不良などの債務不履行)や背任などの不法行為によって生じた損害を,社員の賃金と差し引き計算して帳消しにする「相殺」(損害賠償請求権と賃金債権との相殺)の場合であっても同様であるとされています(債務不履行による相殺については,関西精機事件・最高2小判昭31.11.2民集10巻11号1413頁,不法行為による相殺についてはNk経済会事件・最大判昭36.5.31民集15巻5号1482頁)。
協定書の例賃金の一部控除に関する協定書〇〇〇株式会社と〇〇〇労働組合とは,労働基準法第24条第1項の規定に基づき,賃金の一部控除に関し,下記のとおり協定する。
記1会社は毎月の賃金の支払の際,次の各号に掲げるものを控除する。
労働組合費 社宅・寮の使用代金 団体生命保険料 会社製品の購入代金 各種貸付金の返済金2前条については,賞与及び退職手当の支払の際,控除することができる。
3この協定は,協定の日から3年間有効とする。
平成年月日〇〇〇〇株式会社代表取締役〇〇〇〇S〇〇〇〇労働組合執行委員長〇〇〇〇Sしかし,最高裁判例は,上記のように相殺も賃金控除であるから,労働基準法24条1項ただし書の賃金控除協定においてその旨の規定がない限り,全額払の原則に違反するものとして許されないとの立場に立ちながら,過払賃金の精算のための「調整的相殺」については,実質的には賃金の精算であるから他の相殺と異なるものであり,過払の時期と相殺の時期が接着しており,相殺の額が多額にわたらず,その旨の予告を社員が行うなどして,社員の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合には,賃金控除協定においてその旨の規定がなくとも,全額払の原則に違反することなく許されるとしています。
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